秋の花 北村薫

円紫さんシリーズ三作目、シリーズ初の長編です。
もう本当に、本当に読めて良かった。

心が震える、というような感覚になることは稀ですが、本を読んでいると偶に、そんな瞬間が来ることがあって、この作品はまさに、そういう瞬間を迎えました。

秋の花 (創元推理文庫)

秋の花 (創元推理文庫)

扉には「−母に」とある作品です。
最後の一文を読み終わって、強烈に納得させられました。
確かに、確かに、これは「−母に」とするべきだったんだな、と感じました。

長々と描かれる訳では無いし、何度も登場する訳でも無い、ある登場人物の母である女性のことこそが凝縮して描かれているようで、人の親であること、人の親になることの意味、のようなものが強烈に伝わってくるように思いました。子供が出来る、誰かの親になる、ということは、こういうことなのかもしれない、と感じさせられるような。

特にラスト、ここで、この展開で、この子に対してこんな行動をして、そして、この最後の一言が出てくる、ということが、人の親になるということなのかもしれない、と思うくらい、強烈に心に残りました。
泣きたくなるような、静かに目を閉じたくなるような、久しぶりにこんな気持ちになりました。

シリーズ三作目にして初めて人が死んでしまう。
しかも、その真相は本当にやるせないもので、真実が解き明かされるのを読みながら、そうだったのか、そんなことがあってしまっていいのか、と急かされるような気持ちで二人の少女の姿を思い描きました。思い描くと、余計に、どうしようもなく痛い。

人が一人死ぬ、ということの大きさ、悲しみ、喪失感。
ミステリという分野でそれが、ここまでしっかりと書かれていること、謎が解き明かされた後のことが、ここまで強烈に描かれていること、改めて、北村さんという作家さんが好きだな、と思いました。

私は基本的に母親物ってどうしても苦手な所があるんですけど、この作品に関しては、初めてといって良いくらい、人としての母親、というものを感じることが出来て、抵抗がありませんでした。

技巧だけでなく、ただの感傷だけでもない、ここに描かれているのは、ただの愛情でも、慈しみでも、憐れみでも、憎悪でも、そして安い救済でもないものだ、と思わされる最後の一文を、きっとこれからもふと噛みしめていくような気がします。

読むことが出来て良かったです。