13階段 高野和明

13階段 (講談社文庫)

13階段 (講談社文庫)

一昨日、読み終わりました。
第47回江戸川乱歩賞受賞作で、同じ学部の子に薦めてもらった作品です。
犯行時刻前後の記憶を失った死刑囚の冤罪(と、決まってるかは怪しいのですが)を晴らすべく、刑務官と前科を持つ青年の二人が、処刑までのわずかな時間に、必死で調査をする話なんですが、もう、凄かったです。

展開も上手いし、死刑という制度の描き方、関わる人々の、それぞれの立場ゆえの苦悩の表現の仕方、仰々しくなっていない問いかけ、推理小説としての引きの上手さ、どれも優れていて、まさに「傑作」と言うに相応しい作品だな、と感じました。若干引っかかるところもあるんですが、それでも惹きこまれてしまうような力がありました。

この作品の核にあるのは、死刑という制度の是非や、刑罰に対する様々な考えだけではなく、犯罪者(あるいは死刑囚)に対する、拭い難い「生理的」とも言えるような嫌悪感とどう向き合うか、ということでもあるように、私は感じました。刑務官であり、死刑執行に二度、職務として、辛い形で関わった南郷さんの心情が一番胸に来たので、まさかの展開には、暗い気持ちにさせられました。勿論、全てが上手く終わることは無いだろうけど、この人には明るい幸せだけを掴んでほしい、と思える人物に描かれてたので。パン屋、どうなったんだろうな。

そして、樹原という死刑囚については、あまり描写が無いことも、上手いなと思いました。二人が多くの物を犠牲にして助けようとした樹原はどういう男なのか、二人がきちんと知ることは、おそらくない。本当に、そこまでして助けて後悔しないような男なのか、分からない。

ラスト、前科を持つ青年、三上君の手紙に関しては、ほぼ、物語前半で予想していた通りだったので、改悛の情、反省、更生などといった問題の難しさを改めて感じました。「命は尊い」という、普段当たり前のように語られる通念が通用しない場合がある。そういう経験をしてしまう人達がいる。命はいつもいつも、どんな命であっても尊い、というものではないのかもしれない、と、私も思ったことがあります。ただ、重たくはある。いつどんなときも、どんな命も、背負いきれないくらいに重たいものではあると感じています。でも、重たいことが尊いこととイコールなのかは分かりません。

どんな行為が罪なのか。刑罰だけでは裁けない、罰することが出来ないことは沢山ある。それは、一体誰が償ってくれるのか。法は万全にも、完全にもなることが出来ない。人が作るものだから。

「法律は正しいのですか。本当に平等なのですか。」という三上君の問いは、これまできっと多くの人が悩み、苦しんだ問いなんじゃないかと思います。法は、あればそれで良い、というものじゃない、使うために作るものだから、実際に使う人達は皆、大なり小なり悩むんじゃないかと思います。使われるほうも同じように。

その時代の政治だとか、上の立場の人達の利害だとか、様々な要素が絡み合って出来る場合が多い法律というものは、いつだって正義や平等に反してしまう危険性がある。でも、その中で、どれだけ正しく、平等なものに出来るのか、変えていけるのか。そこで多くの人が頑張ってもがいてきてるように、私には見えます。

じゃあ、何を正しいとするのか、っていうことがまた問題になってきますが、それこそ、理屈付けをするのが一番難しい、でも、理屈付けしようと努力し続けなければならないことではないかと思います。正しいとは何か、正義とは何か。罪とは何か。法は結局、そこに行きつくものなのかもしれないな、と感じた作品でした。
今日からの残り三年間で、少しでもこの問いの根元に近づくことが出来るよう、勉強していきたいです。