鷺と雪 北村薫

鷺と雪

鷺と雪

今日のバイトの行き帰りで、一気に読みました。
ラスト、きっと時代背景的に、ここら辺にたどり着くだろうと思ってたので、ああ、この日で終わるのか、しかも、この人、あちら側だったのか、って胸が詰まりました。

最終巻は、前の二巻と同じように美しい文章で、英子ちゃんもベッキーさんも魅力的に描かれていましたが、哀しさや切なさが、ずっと強くなっていたように思います。

「不在の父」格差への葛藤、そして、ラスト、本当の意味で「不在の父」となってしまう哀しさ。傷ついて自分を責める英子ちゃんに寄り添い、彼女を抱きしめるベッキーさんの優しさ。そして、この話も、詩をとても効果的に使ってありました。山村暮鳥の「風景」、凄く好きな詩だったので、出てきて嬉しかったです。山村暮鳥が牧師だったのは、全然知りませんでした。あれが、牧師さんが書いた詩だったとは。
そして、ここで「騒擾ゆき」が出てきた時点で、ああ、これはもしかしたら、二・二六が絡められてくるのかな、って感じました。不穏な空気を、直接でなく伝えてくる北村さんは凄すぎる。

「獅子と地下鉄」こちらは、巧君の優しさに心が温まり、少しほっとすることが出来ました。それから、英子ちゃんを助けたベッキーさんの、「−お嬢様。別宮がついております。」という言葉に、ああ、ベッキーさんは英子ちゃんの運転手として働くことに、やりがいを感じてるんだな、って感じました。アメリカから帰ってきたベッキーさんが、英子ちゃんのお父様から、どんな話を聞いて英子ちゃんの側に、と思ったのかが気になります。利発で優しく、自分の間違いを素直に受け入れることが出来る英子ちゃんが、私は大好きだったので、英子ちゃんとベッキーさんのやりとりが、凄く良かったです。

「鷺と雪」鷺って、お能だったんですね!それこそ、古典の便覧か何かで、チラッと読んだ覚えがあったので、ちょっとテンションがあがりました(笑)「行方も知らずとなりにける。」が、この話のラストを暗示しているように思われて、哀しいです。

芥川に関しては、英子ちゃんのちょっとゾッとしてしまう感覚、よく分かるな、って思いながら読みましたし、謎解きも綺麗でした。八重子さんは何を想ったんだろうな。まさに、「多くの魔は、様々な形で、人の心の内に潜む。」

ベッキーさんと勝久様の会話が、このシリーズのクライマックスだったように感じました。一言一言のやりとりが、重く、緊張感があって、強かった。これは、軍人、それもかなり上の、頭がよく、色々と見えている軍人と、素晴らしい学者だった人の娘であり、こちらも外から色々と見て理解している人のやりとりなんですよね。戦争と経済、軍と財界。軍の中でも、現実派とそうではない方がいる。国内の大きな苦しみを解決する手段としての戦争。

「善く敗るる者は亡びず」ここで、こういう使われ方をするとは。勝久様は、「〜だが、あなたには信じていただきたい。−わたしには、分かっています」とベッキーさんに伝えましたが、この会話の流れで、この言葉を出してきたことを考えると、これはもう、本当に、勝久様は色々と分かってたんだろうな、と感じました。でも、分かっていても、現実問題、どうしようもない。国家という大きな機械がそれを望んでしまったから。勝久様とベッキーさんは、お互いの言葉を、お互いを、どう受け止めたんだろう。

最後まで、強さと悲しさに満ちていました。この後、英子ちゃんとベッキーさん達はどんな一生を送ったんだろう。

読めて良かった、と心から思えるシリーズでした。
そして、これで北村さんは直木賞を受賞されてたんですね。シリーズ最終巻、と考えると、これだけ読む方もいらっしゃるのかな、って少し気にしてしまいます。一巻から読む事で、より味わい深くなるタイプのシリーズであるように感じたので。

他にも、北村さんの作品を読んでみたい、と思います。