美しく苛烈な火を

仕事が終わって、電車の中で、蜷川さんが亡くなったことを知りました。
「え?」と声が出ました。

もう全然、ピンと来なくて。
言葉を全く選ばずに率直に書いてしまうと、「嘘、蜷川さんって死ぬの?」というような気持ちでいます。
「死ぬ」という言葉しか使えない。
亡くなる、という言葉が、この感情に合わない。

それでいて、蜷川さんと死、というものが、自分の中でどうしても結びつかない。

この世に蜷川さんがいない、永遠に失われてしまった、ということが、よく分からない。

こんなに、辛い、とかでさえなく、よく分からない、というくらいの気持ちになる訃報は初めてです。

蜷川さんが、あの蜷川さんが亡くなるなんて、本当に信じられない。
自分でも驚くくらい、ショックというか、自分が信じていたものが欠けてしまったような、そんな気持ちになっています。
人間がいつまでも生きることは出来ない、と知っているはずなのに。

自分は蜷川さんという人がこんなに好きだったのか、と驚きます。

いつかは、それも、もしかしたらそう遠くないうちにこの日が来るかもしれない、と頭では分かっていたはずなのに、全然、分からないんですよね。

蜷川さんだけは、世界が滅びた後でさえも、稽古場で指導をしてらっしゃるような、それくらいのイメージがあって。

蜷川さんの言葉の選び方、使い方、発し方が、凄く好きでした。
蜷川さんの言葉に触れると、言葉は本来、こんなに意味があって、力があって、豊かで、軽々しく使ってはいけないものなんだ、といつも思いました。
蜷川さんの言葉、蜷川さんの演出する舞台に触れると、上滑りしない言葉って存在するんだ、借り物ではない言葉って存在するんだ、と思えた。

強烈な世界観がある演出も好きだったんですけど、何より、蜷川さんの色濃いお人柄が好きでした。舞台への取り組みかたも含めて。私が知っているものなんて、ほんのほんの少しなんですけど。
蜷川さんのインタビューもいつも凄く楽しかったけれど、役者さん達が語る蜷川さんの御人柄も、とっても愉快で、そんな風に語られる蜷川さんも凄く好きでした。大きな愛情と厳しさと激しさと。
役者さん達も、そんな蜷川さんを敬愛しているのが伝わってきて。

私は藤原竜也さんのファンでもあるので、藤原さんのお気持ちを思うと、そちらの意味でも胸がつまります。
蜷川さんが身体を弱めてらっしゃるのを見るのでさえ、傷ついたような、お辛そうな表情をされていましたし、蜷川さんに対しても、演劇に対しても、純粋で、ひたむきすぎるくらいにひたむきな方だから。

蜷川さんと藤原さんの関係性は、本当に特殊で、師弟とか親子とか、それだけのくくりでは到底収まらないな、と傍からほんの少し見ているだけでも感じていたので、藤原さんがどれだけのものを失ったのか、ということも、外からは計り知れないな、と思います。

今日は藤原さんの新しいお仕事が発表された日で、かつ、お通夜がある15日は藤原さんのお誕生日なんですよね。
本当に、ある種、縁が深いお二人なんだろうと改めて思います。
願わくば、藤原さんが、蜷川さんとの時間を共に過ごした方々と一緒に過ごせますように。
せめて。

なんだか、本当に、心の準備なんて、したつもりであったって、結局は出来ないんだな、と初めて感じたような気がします。

蜷川さんって、ずっと生きてくれていると思わせるような方だったような気がするんですよね。
それくらい、エネルギーがあって、情が深くて、闘う姿勢があって。
なんだか、こうやって書いていても、「だった」と書くのすら違和感があります。

とりあえず今は、直近だと、蜷川さんと藤原さんの「ハムレット」を見に行けて良かった、と思います。
「ムサシ」を見ることが出来たのも、幸せでした。
藤原さんは、蜷川さんの演劇への強い想いの結晶の一つであり、蜷川さんがこの世に置き残してくださった、苛烈で美しい火の一つでもあるんだろうと思います。

どうしたって、蜷川さんのあの苛烈な思いが、藤原さんには染み込んでいるし、きっと、他の役者の方々にも染み込んでいる。
その火がきっと、今後も沢山の場所で、美しく燃えていくんだろうと思います。

きっとどんなに美しい火であっても、蜷川さんはまだ美しくなるはず、とおっしゃって、「もっと輝かせろ、もっと赤くしろ」と、あの世からであってもおっしゃるんじゃないかな。

そんな気持ちで、今はいます。
やっぱりピンと来ないけど。
まだ、寂しいとすら思えない。
とりあえず今日は、家にある「蜷川幸雄の稽古場から」を読み返しました。
やはり、蜷川さんの言葉の使い方やスタンスが好きです。

身近な人であっても、「信じる」という発想をあまり持てない私が、会った事すらない、知っていることなんて数少ないのに、この人は信じられる、という気持ちになった、数少ないうちの一人の方が蜷川さんでした。
そんな方が、この世にいなくなってしまった。
信じられる人を一人失ってしまった。
こんな風に思うなんて、想像していなかった。
自分が意識していたよりもずっと、影響を受けていたんだろうなと感じます。

今思うと、多分、初めて、信じられる、と頭より先に感覚で思った人が蜷川さんなんですよね。
それは決して、言う事が変わらないから、とか、指導方針が変わらないから、とかではなくて、常に、全力で考え、言葉を発し、伝えようとする方だからなんだと思います。
考えが変わったのなら、変わっていない振りをせずに、率直に伝える。
そういう意味での誠実さ。
実際、蜷川さんは、昨日は褒められたことが今日は否定される、くらいの勢いのところもあるそうなので(笑)、役者さんは本当に大変だっただろうとも思います。

そんな、蜷川さんの言葉の使い方。意味を持つ言葉の強さ。
それを話す役者の力。言葉を具体化する役者の肉体の力。
どんな手段を使ってでも、という勢いでそんな力を引き出す蜷川さんの貪欲さ。

まだ中学生で、学校に行けなくなって苦しい苦しい、と思っている頃に蜷川さんを知り、蜷川さんの言葉の使い方を知って、こんなに厳しくて、曖昧さを許さなくて、苛烈な世界があるんだ、と思えたことが、自分で思う以上に大きかったんだろうと思います。

舞台の上には、深くて大きくて、異常も正常も超えた世界がある。
それを思うと、楽になったんですよね。自分が囚われている価値観なんて、どうでも良いくらい小さいことなんだ、と思える瞬間を貰えただけで良かった。美しさとおぞましさ、苦しさと優しさ、強さと柔らかさ。
あんなに限られた空間に、全てがある。
その空間で、さらに研ぎ澄まされた言葉と感情を使う人がいる。
豊かな、としか言いようがない世界がそこにはある。
全くの別世界が存在する。そこでなんとか形にしよう、表現しようともがく人たちがいる。
それだけで、救われるような気持ちになりました。
そんな世界の中心にいたのが、自分にとっては、蜷川さんだったんだろうと思います。

舞台という、生の力を知ったのも、やはり蜷川さんを通してでした。
あんなに楽しくて、豊かで、力のある表現がある。
それも、少数の観客に対して、同じ空間で行われる、という究極の贅沢。
良い役者がいる限り、蜷川さんが美しく苛烈な火を燃やした演劇は、きっと生き続ける。
輝き続ける。その意味では、蜷川さんは確かに、死なないのかもしれない、とも思います。

ただただ、信じられないです。
蜷川さんがこの世にもういないだなんて。
軸が失われてしまったようで。

やはり、支離滅裂な、文章にもなっていないような文章になってしまいました。
とにかく、強く生きよう、と思います。
蜷川さんは、美しい火を燃やす役者さんを沢山、育て、遺してくださった。
それが、こんなに救いになる。
やはり凄い方だったんだな、と思います。